BeJazz
by k.aoki / since 21st Nov.2001
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f o t o : 焚き火三脚:15th Nov 2015

thepage 連載コラム : 最新 no.24 2018.03.17

日日の演習:





17th Aug 2018

寒いと思っていたら12度だ。慌てて長袖のシャツを着こんだ。例年こういうことはない。やはりヘンの気候である。昨日は25枚ほどのCDをザックに押し込んで東京に行き、2カ月分のラジオ番組の収録を強行した。けっこうおしゃべりな1日だったわけだ。テンションがあがって、なかなかいい録音になったと思うけど、一方で思い出すと恥ずかしさも沸き起こる。録りだめしたのは、しばらく動けなくなるからだが、逆にこの間、自由な時間があるので、ウェッブの連載も再開しようと思う。ここの更新も環境が整えばやるつもり。いろいろ面倒なことが続く今日この頃なのである。

28th Jul 2018

今、台風が東海沖を東から西へ移動中だが、そんなとき飛行機や船舶はどうしているのだろうと思って、ネットで調べてみると、飛行機がたくさん飛んでいたり、船もタンカーなどの大型船が移動中だったり面白い。飛行機はかなり高い飛行だから、離着陸以外はあまり影響を受けないのだろう。船は、さすがに湾に入ることで安全を確保しているけど、中には平然と走っているものもある。さっき富士山頂上空を飛行し、福岡に向かうエアバス機があって、激しい雨、風の向こうから微かにその飛行音が聞こえてきたのが不思議だった。乗員乗客のことを思い、旅を想像するのは、いつだって楽しい。

19th Jul 2018

暑い。全国的な猛暑は、ここでも少しばかり影響がある。自動車のクーラーを何年振りかで使う羽目になった。家にはクーラーがなく、今でも必要とは考えてないが、しかし、このところ風がほとんどないので、暑さを感じる。外は涼しいのでベランダで過ごせばいいのだが、虫が面倒だ。LED照明だと蛾が集まらないので夏の生活をラクにさせたが、血の匂いを嗅ぎつけてくる虫に刺されることはある。去年だったか、八王子で運送業をやってるという老人が、暑くなると、車を飛ばして寝に来るという話を聞いて驚いた。高度を1000m目指せば、窓を閉めても安眠できるねと言ったが、そう、私の家は1150mの位置にある。

18th Jul 2018

海外のジャズ・フェスティバルのサイトを見て回ると、昔からのフェスは相変わらず続いていて、変わったのは日本だけかもしれない。むろん、内容は現代のジャズ状況を反映し、昔通りというわけではないが、それでもプログラムを見ていると、それぞれのジャズへの視線はそれほど変わったようには見えない。東京JAZZは、今年8グループが出演する予定で、規模を縮小したようだ。出演者では目玉のハンコックとグラスパーのグループは、他のフェスでも登場するので、回ってこちらにも来るという印象だ。海外ではこの他にチャールス・ロイドのグループがいくつかのフェスで大きくフィーチュアされているが、日本での認識は低いようだ。そして、近況が伝えられないメセニーもいくつかのフェスに登場する。個人的にはローリー・アンダーソンとマクブライドのステージなんて見てみたいものだ。日本はどうも視野が狭いというしかない。海外では自国のミュージシャンも当たり前に登場するが、そうした状況が昔も今も全くないのはどうしてだろう。東京にあるいくつかのクラブに企画を任せるなんてことはできないのだろうか。明治以来の輸入文化のトラウマは、今も世代を超えて妙な垣根を作り蝕んでいる。

14th Jul 2018

雨降りが終わると猛暑がやってきた。ここはクーラーは必要ないが、やはり暑くて欲しいなと感じるときがたまにある。氷も欲しくなるときがあるが、冷凍庫の製氷皿に用意はなく、慌てて水を満たそうとするが、面倒なのでやめる。かわりにアイスクリームを食す。麦茶の用意もなく、相変わらず熱い茶を楽しんでいる。昨日、メールでアール・クルーの『フィンガー・ペインティングス』が話題になって、記憶にあったハーヴィー・メイソンの演奏のことを書いたが、今日改めて捜し出して聴いてみたら、やはり素晴らしい。放送でかけて解説したくなったが、しかしなぁ、何でこんな曲をと言われるかもしれない。悩むところである。

5th Jul 2018

メガネを新調した。久しぶりに視力検査をしてもらったら、随分と時間がかかり複雑になっているので驚いた。着実に進歩し続けているのだ。結果、片方の度数をむしろ下げ、乱視の方向も微妙に変更された。こうしたこまかな修正で、視力がかなり向上。面白い。実は、普段私はほとんどメガネを必要としない。運転免許証の更新のとき、微妙に合格しないので、そのときからメガネが必要になった。音楽を楽しむには必要がないけど、批評的に聴かなければならないとき、頭の中の耳のメガネが作動する…。

4th Jul 2018

台風で、かなりの風雨なので、フキの採集はとりやめ、かわりにらっきょうの甘酢漬けに切り替えた。塩らっきょうそのままでもよかったのだが、やはり変化も欲しいので一部転換。さらに焼きサケの瓶詰も作り、冷凍保存。梅干し作りは今年も休止。年代物がまだ残っているからだ。古いものは10年以上。新しいのでも3年前。やるとすれば新生姜が出たのでガリを作りたいが、いいものが手に入らない。この季節、いろいろやることがある。ところで今年はなんと104年ぶりのにしんの大漁なんだそうだ。身欠きにしんに期待したいがどうなるのだろう。しかし、身欠きにしんは大好きだが、うまく炊けたことがない。

3rd Jul 2018

windows10のトラブルは、新しい機械のアンテナ感度が悪かったというつまらない原因で、ルーターのアンテナの角度を調整したら解決したが、こういう無駄な時間は、若い時代は勉強になったけど、今では本当にツマラナイと思えてならない。けれど、本当に自分はだめだなと思うのは、そうした無駄な時間を無駄だと思い込んでしまうことなんだと思う。梅雨が明け、植物が咲き誇っている。圧倒され、私の中の時間が追いつかない。後悔しないようにと、山椒の実を収穫し、実山椒を作り冷凍保存した。ここ何年も、それすらも出来ずに、自然の暦に追い越され、敗北感を味わっていたのだ。そういえば数年前に収穫した山椒を東京の馴染みのすし居酒屋の板前さんにプレゼントしようと持参したけど、途中、山中千尋にほぼ強奪された。最近知ったのだが、彼女の母堂は福島の出身で彼女も福島の生まれだという。山椒はそんな彼女の過去とつながっている。ちなみに山椒、福島というと会津のにしんの山椒漬けが有名で、渋谷毅の大好物と聞いた。自作もし、そのために家の庭に山椒の木が欲しいというので、友人が私のところから採集した山椒を植えに行ったことがある。今はどうなっているのだろう。今度、聞いてみよう。さて、明日は簡単な原稿を仕上げたら、フキを収穫しようと思う。フキと山椒と昆布の佃煮、それとできればちりめん山椒。しかし、そんな時間は、多分ない。そうそう、5日は、そんなエピソードも話したFM福島のジャズ番組の第2回がある。

1st Jul 2018

先月初めに、東京でまた転んでしまった。両足の捻挫である。また、中頃にイベントに出演するために杖つきながら福島に出向いたとき、また転んでしまった。というわけで足首の腫れが止まらない。また、windows10の更新プログラムが悪さしたようで、インターネットの繋がりが極端に不安定になり、その解決につまらない長い時間を費やした。何事もうまくいかない。そういうときもあるだろう。

27th May 2018

ようやく杖なしで歩けるようになったけど、風邪を引いたようで酷い咳に悩まされている。なかなかうまくいかない。青葉に囲まれた楽しい季節なんだけど、もうしばらく陰鬱な日々が続きそうだ。そんなわけで、原稿の仕事は快調とはいえないけど、放送のディスク選びは、いろいろ想像しながら少しづつ進んでいる。想像する楽しさは、嫌なことを忘れるということにある。次はもっと面白いことを書きたいと思う。

19th May 2018

実は前々回のこのページの更新の日に、足を挫いてしまった。たいしたことないだろうと思っていたら、どんどん痛みが出て、腫れも酷くなり、うまく歩けなくなった。スノーシューのスティックを杖替わりに使うことで何とか楽に歩けるが、そんな状態で火曜、水曜と泊りがけで東京に仕事に行ってきた。忠告があって、杖は離さないように言われたが、これが効果抜群?で、見知らぬ人から話かけられ皆さん親切にしてくれる。回復の速度は意外に遅いが、着実に楽になっている。東京の行きつけの居酒屋の仲間から、自分は一か月かかったなどと言われ、気が重くなったが、そこまでは行かないだろうと楽観視している。こんな不自由は、子供の頃骨折して以来だ。

18th May 2018

道端に見慣れぬ動物の死体があった。道路をよぎるとき自動車に轢かれたのだろう。帰り道、たまたまその処理をしているので、タヌキですかと聞いたら、アナグマですねとボランティアらしい女性が教えてくれた。動物の姿はよく見るが、都会育ちの私にはそれが何かはよくわからない。ニホンリス、野生化したアライグマ、イノシシ、キジ、そして鹿には出会ったが、それにアナグマが新たに加わった。村の警戒放送で、クマの出現が放送されることがあるが、むろん、まだ、遭遇したことはない。昨夜、ホトトギスの夜啼きを聴いた。昼には春ゼミが鳴きはじめた。

7th May 2018

海外でも評判のいいちょっと大きめの折り畳みノコを買った。10cm径の木が比較的楽に切れる。ネットで20cm径を1分で切った映像を見たが、タフな人間じゃないと、それはちょっと無理だ。それにしても良く切れるのはノコの歯が優秀だからだ。バッテリー駆動の軽便なノコは歯に限界があり、これ以上の太さになるとチェーンソーの登場となる。しかし、原野を開拓した昔の人は、電気やガソリンを使うそんな道具は持っていなかった。優秀な現代のノコで自力で木を倒す楽しさには、そんな素朴な労働の楽しさの確認でもある。

29th Apr 2018

白樺その他を倒したおかげで、後ろの2本の山桜がよく見えるようになったが、早くも花びらが落ち始め、同時に葉の青さを増し、ウグイスも啼き、すっかり新緑の季節真っ盛りである。

26th Apr 2018

空師という職業がある。空に関する仕事だが、むろん、空をどうこうするわけではなく、また、できることではない。その人は空に向かって木を登る。てっぺんまで行くことはないが、とにかく高く上り、枝を切り、そして適当な長さで木を切断する。最後にはその木を伐採する。敷地にある大きな白樺の木を2本伐採するために、空師に来てもらった。白樺の後ろに山桜があり、白樺と山桜の枝が上空で複雑に絡んでいるので、簡単に切ることができないのだ。地上10m以上の大きな枝をねらって、道具でロープを打ち放す。しっかり体重を任せられるか確かめて、そのロープをスルスルと上がっていく。道具が面白い。ロープの両脇にペダルがあり、それを交互に踏むと上がっていく。一見楽そうに見えるが、体重を押し上げるのだから、なかなかきついようだ。途中何度か休みながら登っていく。命綱になるロープだから、登山用の高価なもののようだ。一旦上がってみたものの、桜を傷つけないように白樺を倒すいい方法が見つからず、とりあえず降りてゆっくり考えようとなった。空師はパズルを解く人でもあった。そして、こちらに向かって、動画に撮ってYoutubeに上げてくださいよ、でも、誰も見ないでしょうけどね、と笑った。

23rd Apr 2018

人前で話をするのは、本来大の苦手なのだが、いつの間にか嫌いではなくなった。最初にカルチャー・センターの講師を依頼されたときは、まったく自信がなく、毎回ゲストを迎えてお茶を濁すなんてことをやっていた。2回目の依頼のときは、さすがそういうことが無理な状況なので、一人で話すことにしたが、意外に楽しくできたので、それから自信がついて、放送の仕事も楽しくなった。放送は聴衆が見えないことが、さらに楽にしゃべれる気がして、むしろ、原稿を書く仕事より好きになった。むろん、こうした感想は、素人の勘違いであることは分かっている。見えないたくさんの聴衆を意識してこそプロだろう。東北の震災のとき、たまたまその前後に文化放送の昼の生放送にレギュラーのゲストで出演していたことがあった。震災後に初めて招かれたときも、放送中に余震があって緊急放送に切り替えられ、あらためてこの仕事は特別なものなのだと思い知らされた。放送ブースの壁には地震計がちゃんと用意されていた。あらためて思い出すのだが、震災当時はCMも自粛され、一切の音楽の放送もされなかった。そんな緊迫した放送局の長い時間が終わり、初めて音楽を流そうと決め、実際音楽が流されたとき、それは一体どういう時間なのだろうと思った。実は音楽は罪深いもので、本当の悲劇の前では許されない快楽のようなものかもしれない。その日、そんなことを思いめぐらしながらCDを用意したのだが、選んだ一曲に、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」があった。さて、この6月からその被災地福島で、月一回の新番組を担当することになった。実は福島には格別の思いがある。

18th Apr 2018

CDがないアナログ時代は、当然放送局にはたくさんのレコードがコレクションされ、必要があれば、そこから捜し出しターンテーブルにのせるという作業を行った。今は、そのターンテーブルもスタジオから消え、だいぶ前からレコードを放送で聴かせるということが出来なくなっている。では、その後レコードのかわりにCDがコレクションされているかと言えば、どうもそうじゃないようだ。よくかけられる曲は、オンラインのデータ・サーバーに収蔵され、そこにアクセスすればいいというふうに簡素化されている。放送を聞いていると、リクエスト曲が速攻で流れるのは、そういうシステムがあるからだ。もっとも、ジャズの放送は、そういう便利なシステムとはほとんど無縁で、いちいちCDを用意しなければならない。いうまでもなくこれはすべての音源をカバーしてるわけではないからだ。出来れば音楽の世界図書館のようなシステムがあると便利だが、お金にも関することだからそう簡単にはいかない。そう言えば放送局にあった膨大なレコードはその後どうなったのか。まぁ、音楽好きの局員のコレクションになったのだろうが、一応会社の資産なので、そう簡単に始末は出来ないだろう。昔、FM東海というFM放送の実験局時代に局の古い備品がデパートの会場で放出されたことがあり、その中に古いレコードもあった。そこですでに高価に取引されていたキャンディッド原盤を数百円で手に入れたことがあった。FM東海の実験放送が始まったのは1950年代末。キャンディッドが活動していたのは1960年代初頭。何でこれを購入したのかわからないが、あまりオン・エアされることはなかったと思う。

14th Apr 2018

暖かくなって、いろいろ忙しくなった。ようやく桜も咲き、ソメイヨシノも満開状態だが、自生する小さな富士桜も林の中でポツリポツリと咲き、なかなか風情がある。今年の桜の開花は全国的に早いが、ここも同じ。例年はゴールデンウイークの前後が桜の季節である。自生するミツバツツジと富士桜のお祭りが、例年この時期に近くで開かれる予定だが、すでにツツジも咲いているし、今年は完全に後の祭りになって、単なる植木市になるだろう。家の周辺は、まだ草も生えてないが、小さなカタクリの花と蕗の薹が春を告げている。青葉が覆い始めるこの1か月が1年で一番楽しい。深夜、枯れ葉を踏む鹿の足音が家の脇を通り過ぎた。
さて、ウエッブの連載ですが、中途半端で突然だけど、一応の終了となりました。近いうちに再開したいですが、どういうかたちになるかただ今構想中。

22nd Mar 2018

昨日の休日1日に50cmを越える積雪を記録。マイナスの気温が続く真冬だと、なかなか消えないが、初春の暖かさは、たちまち雪は溶けていく。道路の雪はシャーベット状になり、水たまりもできて、むしろ、その方が運転していると気になる。登山道のスバル・ラインは当然閉鎖されているはずだが、そちらに向かって1人マラソンの練習している人がいた。そんなわけで、今日は1日新しいコンピューターの設定でのんびり過ごすことになったが、開封して驚いたのは、マニュアルがない。スマホにマニュアルがないように、コンピューターも1人勝手に慣れてくださいという時代のようだ。いっそすがすがしい。

18th Mar 2018

新しいコンピューターが届いたが、開封してない。やるべき仕事を考えると面倒だ。使っている機械が大分古くなり、速度も遅いし、いろいろ不備が出てきて購入したのだが、古い機械を廃棄する致命的な理由は、まだない。電源が入らないという困ったことがあるけど、何度かトライすると動いてくれる。しかし、動かなくなったらパニックになるので、そのための安全策である。しかし、こういうことは一気に移行した方がいいに決まっている。明日1日かけてやろう。しかし、楽しい時間ではない。コンピューターは、わくわくするものではなくなった。

16th Mar 2018

夕方から雨。残っていた雪もほとんど消えた。鹿の群れと久々に遭遇。鹿は日本各地で繁殖し、その作物への被害が深刻になっているが、しかし、その姿を見るとなかなか憎めない。この季節、群れには小鹿がたくさんいる。道の横断に慣れない小鹿が、戸惑い車とぶつかりそうになる。大概の車は、そうしたとき、止まって待つが、中には道路の方向に走り逃げようとするので、仕方なく追いかけるような状態になる。道路の両側に鹿除けの柵があると、長い距離を懸命に走る鹿の後を追うことになるが、やむにやまれぬこうした状態で、早く脇の逃げ道を捜して逃げろと心の中で叫ぶのは、やはり人間の勝手というものだろう。山の霧は深く、突然道の真ん中で鹿の死体に遭遇することもある。

12th Mar 2018

「るろうに剣心」に登場する雪代縁との関係は不明だが、富士山には雪代という現象がある。雪解けのこの季節に大量の雨が降ると雪交じりの土石流が発生し、甚大な被害を起こすことがある。普通の表層的な雪崩とは違い、火山灰地の富士山の斜面では、地表ごと流れだすスラッシュ雪崩とよばれる現象である。youtubeでその迫力を見ることができる。数日前、おそらくこの雪代で2人亡くなったという報道があった。自衛隊の演習場で、山小屋の修繕依頼を受けた老人たちが犠牲になったという。普段は枯れた川だが、いつ流れるのだろうと思っていたら、にわかに急流となっていた。500年ほど前にこれで裾の街が全滅のような惨事があったという。噴火だけを警戒しているのではない。河川の観察も常に行われていて、ここの気温と積雪量は、インターネットで公開されている近くの国土省の観測地点の毎時のデータを参考にしている。今現在、気温マイナス1.6度、積雪2cm。もう春は近くに来ている。

11th Mar 2018

木を切る道具はいくつかあって、ナタ、小さなノコ、6cm径くらいの枝なら切れるバッテリー駆動のハンドソー、そして、チェーンソーとなるが、一番重宝しているのがバッテリー駆動の小さなノコだ。草や小さな木や蔓のようなものは、折り畳みノコやナタが便利だが、ちょっと大きいとハンドソーで切断する。今日はこれで小さな藪を整理した。チェーンソーも使いたかったが、準備するのが面倒だ。めんどくがりやの私は、電動ソー、エンジンソーを動かすまで山がいくつもある。その最後の大きな山は、基本的に植物は放置し、自然に任せるという考えなので、これは切らねばならないと決断するときだ。大げさに言えば、どこか人生の決断に似ている。

10th Mar 2018

緩やかに春がやって来る。温かくなるとカラカラの気候も湿っぽくなって雨も降る。雨はここ富士山麓だと雪になる。なかなか溶けなかった雪が春の温かさで消えかけると、新たな雪が再び地面を隠す。その雪が溶けると、また、雪が降る。昨夜も2cmほど積もったが、午前中には消えてしまった。夕方、今年も、いよいよ庭仕事を始めようかと思った。

21st Feb 2018

寒さが戻った。とはいえ極寒ではなく、キツイとは感じない。1月半ば過ぎに日比谷公園辺りで梅のツボミを見て驚いたが、そろそろ隅田川沿いの寒桜も咲いているのではないだろうか。そうなるとダンコウバイの蕾が出てくる筈なのだが、今年はまだ見ない。ヤマガラがダンコウバイの枝にとまってついばんでいたので、食べられてしまったのだろうか。そんなことはないと思うのだが…。あるいは横方向にかなり変形した育ち方をしたので今年は無理だったのかもしれない。現在、外はマイナス7度。

16th Feb 2018

温かい。春がやってきた。一方、去年に続き、踵に激みが走り、歩くのもやっとで車を運転し、下の街に繰り出す。ペダル操作は出来るのだが、角度を変えた動きに激痛が起こる。去年はアキレス腱の損傷かと思ったが、今年はしもやけかなどと想像することはまるで違う。ま、医学的な見地というのは、そんな曖昧なものではないかと思ったりする。去年はふくらはぎをマッサージしたが、今年はホッカイロをはろうかなどと考える療法もまるで違う。そのうち症状が悪化し大変なことになるかもしれないが、幸いそんなことをしながら数日で治ってしまうから素人はこりない。

5th Feb 2018

いつの頃だったか、子供がマッチを使うのは危険だということで使わせないようにしようという話を聞かされ、驚いたことがあった。しかし、今はマッチそのものがが世の中からほとんど消えてしまった。もはやマッチを使ったことがない青年がたくさんいるに違いないと思うと、日々、新しいトレンドなどといって社会の変化を忙しく追っている現代人は、どこかで巨大な変化を見失っているのではないかと不安になることがある。むろん、マッチを擦れないことは、たいしたことではない。自在にコンピューターを動かすことの方が、今では生きることの重要なスキルであり、また、火を扱うことは、深く人間に刻まれた能力だから、体験すれば容易に回復もするだろう。けれど、炎を見続けた人間と、そうではない人間は、この世界が別のように見えているのではないかと思うことがある。

3rd Feb 2018

古い成形備長炭がなくなったので、岩手の切炭を購入した。定番の品だけれど、袋を開けてみると、元の木が直径20cmを超える大ぶりのサイズだったようで、4等分されても大きく、隙間に火箸を刺して割っても板状の炭になって、なかなか使いずらい。不運なロットである。炭は小さくても困るが、大きいとテクニックが必要だ。茶道には炭手前というのがあるそうだが、それでもこれはカッコよくはできないだろう。とはいえいろいろ工夫して火をついでいくのも、この世界の楽しさである。

1st Feb 2018

炭火を楽しんでいたら、近年頭の片隅にあったアナログ写真のことが気になって調べてみた。フィルムのカメラが、また復活しつつあるというニュースも読んだことがある。仕事部屋の本棚の一角に長巻の35mmフィルムをカメラ用のフィルム・ケースに分割して収納する道具があるが、今も中に未使用のままのトライXフィルムの残骸が残っている。むろん、30年以上も前のものだから使えないだろうが、その前に、フィルム・ケースを調達しなければならず、すでに十分に骨董の世界なのである。そのことに気付かずに、ずっと傍らに置いていた失われた時間とは何だろうと思う。それがネットの販売サイトを見ると一気に時間が現在に移動する。モノクローム・フィルムはかすかにしか残っていない。コダックの凋落ぶりが残酷である。それでもトライXは、高価ながら残っているし、定番の現像剤D76も入手可能なことに驚いたが、しかし、考えてみれば、この両者はペアの商品なのだ。無残なコダックに比べると富士フィルムはどこか健全な姿勢を感じさせる。白黒フィルムはネオパンSSだけが残され、現像剤も懐かしいミクロファインが生きている。どちらもコダックより安価に提供されていて、マニアを守るぞといった意気込みを多少感じさせる。驚いたのはオリエンタルの印画紙やイルフォードのフィルムもあったことで、これらはとっくの昔に廃業しているのではないかと思っていた。すでに引き伸ばし機も残ってないので、私には関係ないが、かつてこうした商品を楽しんだ時代が懐かしい。むろん、写真はどこまでも趣味の世界だったが、たった一度だけ、文芸誌に頼まれて、司馬遼太郎の座談会の写真を撮ったことがある。

30th Jan 2018

昨日は随分つまらないものをかいてしまったなと反省。とはいえ、久しぶりに炭を扱ったので、面白くなってしまった。今持っている炭がなくなったらどうしようと改めて調べてみたら、数年前より悲惨な状況だ。時期的なこともあるだろうが、国内産の成形備長炭は、高価でほぼ入手不可能。あるのは中国、東南アジアの品で、ネットでの購入者の評価は賛否両論だが、悪評の方が多い。ただ、その評分を読むと、この炭の特性を理解してないものがあまりにも多い。点火しにくいというが、むしろ、それが利点なのである。点火すれば高温で持続時間も長い。それが備長炭と呼ばれるものだ。中には備長炭と名乗るが、似ても似つかないまがい物で、和歌山は怒るべきだという人もいた。そんな声に反映してか、今はオガ炭と呼ぶようになったらしい。この流れは、「花かつお」と呼ばれる削り節が、消費者団体からのクレームで、100パーセントカツオじゃないので不当表示とされ、使われなくなったのことを思い出す。実は「花かつお」とは、そもそもかつお節だけじゃないということを表現するための商品名だったのだが、この言葉に託された様々な意味合いが、消された瞬間に無となった。これは文化の否定でもある。さばやいわしなどの削り節のミックスは、安くもあり、懐の寂しい庶民の心を花という言葉で補填したウィットでもあったし、また、江戸のそば文化のそばつゆの味わいは、鰹節だけではあきたらないという実利的な理由もしっかりあったのだ。今では混合節などという味気ない世界になった。成形備長炭(オガ炭)を手にしたのは、今から30年以上も前のことである。知り合いの炭店が教えてくれ、試しにと少量いただいたことが最初である。使っていた切炭が、爆ぜて火の粉が畳を焦がすという不満を言ったら、だったらと言って渡されたのだ。本格的な高価な備長炭を使えない料理店での評判がいいとも言っていた。この爆ぜないというのが料理店ではすごく重要で、ときに爆ぜて客に迷惑をかけてしまうと、場は台無しになる。切炭だけではなく、普通の備長炭でもこの爆ぜは起こるが、この成形備長炭は全く起こらない。ただ、炭の形に風情がないので、今でも高級店では使いたくないのは当然と思うが…。もうひとつ、その最初の成形備長炭は、今とは違う記憶もある。とても固く、割ることさえ困難で、金鋸で切断するしかなかった。1cm位の厚さに分け、それを数個手火鉢に入れて楽しんだ。その小さなカケラは、30分位もっただろうか。とんでもない炭だったと今でも思う。日本で最初に作られた成形備長炭は、今でも越えられない性能だとどこかで読んだ気がするが、もしかするとそれだったのかもしれない。

28th Jan 2018

山暮らしの楽しみの一つが炭だったが、ここ数年、炉を閉ざしたままだった。もう炭はないと思っていたが、ひょんなことでかなりの量が残っているのが分かり、数年ぶりに炭を熾した。温かさが違う。熱量は、そんなに大きくないのだが、心地いい温かさなのだ。炭を使わなくなったのは、面倒という理由が大きいけど、同時に入手が難しくなったことがある。以前にも書いたけど、これは海外の日本料理のブームと関係があると思う。日本には備長炭という高温を発する炭があるが、それに匹敵する性能の成形備長炭という新開発の炭がある。木の粒子を成形し焼いた炭で、高温を発し、扱いやすく、そして安価だ。東南アジアでも作っているが、日本の技術と差があるので、期待通りの性能はない。それで日本の製品が海外に渡り、日本での流通が少なくったしまったのだろう。数年前まで製造会社から直接購入していたが、突然、ウェッブでの購入ができなくなった。炉を開けなくなったのもそのときだった。

26th Jan 2018

東京からのメールだと、水たまりが凍ってスケートができるような状態だという。TVで観る映像だと霜柱が見事に土から立ち上がり、子供の頃を思い出してしまった。ここは今も氷点下15度で、土は氷のように固まっている。仕事部屋の小さなストーブを焚き続けても、室温20℃に達することはない。厳しいのはストーブの側と反対側の温度差で、身体の片方は低温やけどをおこしそうだが、一方はしもやけの状態に近い。子供の頃は、しもやけは当たり前で、どこか懐かしくもある。東京に住む若い人は、きっとそんな経験はないだろう。昔はもっと寒かったと言いたいところだが、隔絶した時代の経験を語ることは、どこか虚しいという以上に、言葉が氷り、寂しくなる。

24th Jan 2018

寒い! 今、夜10時だが、近くの国交省の観測所の記録だと気温マイナス14℃となっている。過去最高の寒波というのも頷ける。明日の朝は、久しぶりに部屋中が凍っているだろう。ベランダに用意してあるひまわりの種を求めて、いつも通り鳥たちが元気にやってくることを楽しみにしたい。

19th Dec 2017

LPプレイヤーを本格的に復活させた。といっても高級プレイヤーを動かしているわけではない。LPからCDに移行したとき、ダイレクトドライブのプレイヤーならいつでも楽しめるだろうと思って購入しておいたものを動かしてみたわけである。もう一台ベルトドライブのものも持っているのだが、これは怖くて今回は見送った。けれど、このプレイヤーはとてもユニークで、電池でも動き、イコライザーも内蔵され、さらにFM波で発信し、ラジオでも楽しめるというソニー製の逸品である。昔、チャーリー・パーカーの名聴き手、市岡仁君が同じものを持っていたが、壊れてしまったので是非譲ってくれと懇願されたが断った。今思うとそうしてあげればよかったと後悔している。市岡君は、部屋で1日中FEN放送を流し、ジャズを聴いてたような人だった。部屋には一巻本のロートレアモン全集が飾ってあったのも妙に記憶に残っている。当時の仕事はトビ職と言っていた。ミュージシャンも鬼才と呼ばれる人がいるが、聴き手にも鬼才がいる。市岡君はそういう人だった。

7th Dec 2017

以前、自動保存ができないエディターを使っていたとき、突然の停電で、書いていた原稿がすべて消えてしまったことがあったが、また同じようなことが起きた。そんなわけで、次の連載はお休みです。ごめんなさい。

1st Dec 2017

初めてデジタル・アンプを体験した。必要があっていろいろ調べてみたら、オーディオのデジタル化もいいんじゃないかと思った。何しろ価格が大分下がっている。というどころか、半端じゃない安さで、これではオーディオ・メイカーは、気力を無くすだろうと思った。ちなみに試しに購入したのは、40wの出力で、別購入した電源部も含めて5000円ほどの出費である。音は、私には幾分馴染まないところもあるけど、使い方で修正できるかもしれない。はっきり言ってオーディオ・ブームの最盛期の10分の1以上のコストパフォーマンスである。ICチップ他電子パーツの進化に驚嘆させられた。IO社会とか、いろいろ言われるが、それを支えるのがこういう技術だ。こんな時代に生きる若い人々が本当に羨ましいと思う。戦前、戦後に活躍した天才的スピーカー設計師ジェームス・B・ランシングが、自殺する最終期に作った古いスピーカー・ユニットが、何とも楽しそうに鳴っている。

26th Oct 2017

富士山が1日で白い衣装を纏った。一昨日の気象台の初冠雪宣言から、たった1日でほぼ全面の雪化粧である。厳密には四合目までで、登山道もそこまで車が入ることができる。天気も久しぶりの見事な秋空で、今日、上った観光客は何とも運がいい。思わずそんな富士山を撮りたくなったが、カメラを取り出す前にやめた。別に珍しい図柄でもないのだ。でも、観光客のようにはしゃぐ気持ちも否定できない。実は富士山麓に住む人々のほとんどが、何気なく日常的に富士山にカメラを向ける写真家なのである。ここのほとんどの人のスマホの壁紙は富士である。最初はこのことに笑ってしまったが、今はこの山の怖さを思う。

9th Oct 2017

酷い風邪でまったくやる気を失った。そのためウェッブの連載も休ませてもらった。気道確保が難しくなり、夜も不安で眠られない日が続いた。結局、漢方の薬と出会って回復に向かい、漢方の実力を実感したが、調べてみるとこの方面は漢方が強いようだ。がん治療の回復期にも漢方が処方されると聞くと、医学もいろいろ努力してるんだなとあらためて思う。ところで先週はノーベル賞の季節で、文学賞にカズオ・イシグロが受賞して賑わった。フランスのステイシー・ケントのファンから電話をもらい、ケントと関わりがあるのを知ってるかと聞かれたので、風邪でぼうっとした頭で、知ってるよと答えたけど、知ってはいたけど、何だったっけと思い直し、あらためて調べてみた。いくつかのオリジナルの曲の詞を書き、そして、ライナー・ノートも一本あった。さらにフランスの映像で、イシグロとケント夫妻と司会者がいて座談会をやっているのも観た。ケントはフランスで一番人気がある。ケントには一度インタビューをしたことがあるが、そういえば、記事にはしなかったけど、イシグロを話題にしたかもしれないと思い出した。しかし、記憶はいいかげんで、そんな話はなかったかもしれない。そのときの一番の話題は、ケント夫妻が住んでいるのはロッキーの山麓で、毎日山々を眺めて暮らしているということだった。私も富士山麓に住んでいるので、負けてませんよといったインタビューだった。イシグロが書いたライナー・ノートを読んでいたら、トニ・モリソンの名前があった。モリソンがノーベル文学賞を受賞したとき、何故か洋書店に並べられた最新作の『JAZZ』の題名にひかれて買ってしまったことがあった。今もツン読状態だが、しかし、今、読むべきは、その前の『BELOVED』なんだろう。

12th Sep 2017

勘違いしたままの記憶が、ずっと残ってしまうということがある。ひょんなことで、その間違いに気付き、大いに慌てる。ジャズの歴史は大体頭に残っているつもりだったが、今回のウェッブでの連載で、あらためて資料にあたっていると、そうした間違いがたくさん出現し、もう一度イメージを正確に作り直す必要が出てきた。本当はジャズの歴史なんてどうでもいいと思っている。当初は簡単に済ませようと思ったのだが、そうはいかなくなった。あんまり面白い読み物ではなくなったかもしれないが、もうしばらくご辛抱下さい。

5th Sep 2017

オーディオ、時計、電話、コンピューター等々、身の回りにあり、使わなければ不便をする様々な道具が、次々と新しい方式で便利になるのは面白いのだが、その過程をずっと体験してくると、さすがに面倒になる。カセット・テープ、ビデオ・テープといった古いメディアが、いまだに処分できていない。いつの間にかたくさんたまったミュージシャンのインタビューのカセットテープが、そのまま小さな博物館のように仕事部屋の一隅に押し込まれている。音の記録は19世紀末にレコーダーが発明され、20世紀になってしばらくして、レコードという形式になって、一気に普及したが、それ以前のいわゆるロウ管の時代は、技術的な統一が出来てなかったので、普及するにも保存するにもたくさんの問題を残した。そうしたものは、もはや骨董的な関心の対象として、収集家によって保全されているが、当然、すべてが残されているわけではない。かつて、洋書屋の新着ブックリストに初期のレコードを記録した本があったので、買い求めたことがあったが、ほとんどが演説記録だったのでガッカリしたことがある。人は何を記録し残そうとするか。確かに音楽は二の次と思うのである。

31st Aug 2017

急に寒くなった。富士山は、まだかすかに残雪が残っているように見えるが、溶け切らないままに「初雪」が降るのだろうか。今年の夏は、確かに例年とは違う。雨が続き、晴れて富士山が見える日が少なかった。この時期、登山、観光用のスバル・ラインは、混雑を避けるために自家用車が入ることを規制しているが、その規制ラインの交差点で、「今年はひまそうですね」と係員に話しかけると、不思議な笑顔だけが返ってきた。規制は24時間なので、夜は大きなバルーンの照明がともされる。大雨の深夜、漆黒の夜道を登っていくと、そのバルーンの大きな光と動かない要員の人影の光景が、エドワード・ホッパーの「ナイトホークス」のような絵に見えた。

14th Aug 2017

ヤフーが運営するサイトでコラムの連載を始めました。覗いてみてください。

17th Jul 2017

ところでスマホを持った人類が、何が変わったんだろうと考えると、やはり均質化が進んだということではないだろうか。ネットでの情報の共有化が、スマホによって、さらにすき間を埋めるようにして、世界をのっぺりしたようなものにしている。それが苛立たしい。

16th Jul 2017

スマホを変えた。新しいといっても1年前の旧モデルだが、それでも格段に良くなった。技術の進歩は早いが、使う方はそれほど気にしないというのが現状で、私にはこれで十分な最新機である。昨年当たりから言われてることだけれど、スマホはそろそろ成熟期にあり、新しい世界を開拓するのは難しくなっている。新しいスマホには指紋認証という機能があるけど、誤作動が多いと聞くし、それほど便利だとも思わないので使ってはいない。スマホが便利だと思う機能は、カメラ、メール、そしてネットとGPSを使ったサービスは画期的と思う。むろん、電話も便利だけれど、私は別にもう一本携帯を持ち歩いている。つまり、賢い電話というスマホだが、私には手のひらサイズのカメラ付き簡易コンピューターという認識なのだ。これには、簡易電灯、目覚まし付き時計、計算機等も入っているので、もう手離せなくなっている。ところで新しい機械は、ちょっと逆行する要素もある。サイズが5.5インチで大きいのだ。映画やドラマを観るためだけど、ポケットには少し大きかった。

4th Jun 2017

今年はフキがたくさん玄関付近に出てきたので、整理するために取って佃煮をこさえた。とりすぎるとなくなるけど、それで困ることもない。というかそんな大量のふきを消費するのは大変なことで、以前、友人が取って持ち帰っていいかと聞かれたので、どうぞ、どうぞといったら、本当に大量に持ち帰り、翌年はほとんど消えてしまった。植物の植生は年々変わり、それが面白い。今年は春先に大量のヒメオドリコソウが咲いて楽しかったが、これは明治以後の外来種だそうだ。今や日本全国にみられ、山にも上って来たことになる。姿は如何にも日本風なのが面白い。

1st Jun 2017

1か月の間に草が育ち、木々が葉に覆われ、すっかり植物に囲まれてしまった。春ゼミが啼き、蜂が巣を作ろうと飛び交う。闇夜にはホトトギスの啼き声が毎日のように聞こえる。ホトトギスの夜啼きは有名だが、やはり真夜中の鳥の声は異様だ。日本にはいないが、夜啼きで有名なのはナイチンゲールで、色々な声で啼く。サヨナキドリとか墓場鳥とか言われるらしい。アニタ・オデイが歌う「ナイチンゲール・サングス・イン・バークレー・スクェア」が大好きだが、この広場はロンドンで、繁華街の近くにある。アニタの歌はどこか少女のようなあどけない表情がいいのだが、歌詞はシンプルなラブ・ソングなのだけれど、どこかウラがありそうな気もする。墓場鳥とは死者の思いを告げる鳴き声ともある。

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